心臓血管外科における実績
脳卒中と循環器病克服 5ヵ年計画の背景と必要性
長寿社会の実現により、新たな医療問題が顕在化してきている。その第1は平均寿命と健康寿命の乖離であり、第2は人口の高齢化に伴う医療費の増加である。2035年
に向けて、良質な医療へのアクセスを維持しつつ、誰もが人生の終末期に至るまで健やかな生活を送れるようにするためには、超高齢社会に向けた医療改革が喫緊の課題である。
脳卒中・循環器病は、後期高齢者の死亡原因の第1位であり、また介護が必要となる主な原因の第1位である。さらに脳卒中・循環器病の医療費は全医療費の20%を占めている。脳卒中・循環器病は今後高齢化に伴いさらに増加することが見込まれており、我が国が超高齢社会に
向けた医療改革を考えるとき、脳卒中・循環器病対策は緊急に取り組まなければならない最も重要な課題である。
奈良県医療センター心臓血管センターの位置付け
当センターの診療目的は左表内の「包括的循環器病センターに位置付けられ、一次治療から二次治療および大動脈緊急症状までを担う重要部分をその目的としています。
心臓血管手術
心臓血管センターの治療実績推移
心臓大血管治療の実績はコロナ感染症での影響を受ける中であっても増加傾向を示す結果と認識され、奈良県近郊における心臓循環器疾患での当センターの担う比率が増加している傾向を示すものとみられる。
心臓血管手術
疾病回復から見る治療影響浸潤の軽減
疾病治療技術と処置対応の進展は日常的に変化しており、わずかの期間内であっても疾患罹患患者への身体的浸潤の負担軽減は入院必要日数の低下からその傾向を図ることが可能であり、今後も最先端治療技能の導入を含めると、さらにその傾向は軽減へと向かうものと判断できる。
心臓血管手術
2021年度の心臓大血管手術実績
複数回におけるコロナ感染症対応としての大気手術中断を含めても、心臓循環器疾患での手術の必要性は増加傾向に傾いているとみることができる。
地域的なものも影響するであろうが、当センターが心臓循環器疾病に対しての診療受け入れ機能を強化していることが疾病対応の柔軟性を増した結果割青として表れているものとみられる。
心臓血管センターの年度別報告
心臓血管外科
2022年
心臓血管センターの4年目
2021年3月にカテーテル弁置換術が当センターで始まったことは既に報告しました。その後、順調に1ヶ月余りで軌道に乗りましたが、コロナの第4波、5波、6波の度に待機手術であるT A V Iは延期され、最長半年にわたって施行できませんでした。この間、多くの患者さんにご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。本当の意味で軌道に乗ったのが、第6波が収束してからです。現在は、ほぼ毎週火曜日に治療を行なっております。これはひとえに北和地域の開業医や循環器内科の先生方のT A V I治療のご理解とご協力の賜物であると感謝しています。当然ながら、この治療を必要としている患者に安全に行うことが最も重要であると考えています。毎週木曜にハートチームカンファレンスにて治療適応については徹底的に討論しています。この会議においてT A V Iの適応にならないことや未だ時期早尚と判断することもありますし、外科的に大動脈弁置換術をした方が良いとの結論になることもありますが、この会議は年々充実してきております。さらにT A V I実施にあたっては術前検討会を得て、当日ブリーフィングの後にT A V Iが行われます。約1時間半の治療時間で、患者も1週間以内に退院されております。今後も良い治療成績を維持して行く所存です。
2021年7月にIMPELLA補助循環用ポンプカテーテル実施施設認定を受けましたが、IMPELLA装着患者連携施設として国立循環器病研究センターとの間での連携の締結とIMPELLA研修会の実施。IMPELLA 制御装置機器、IMPELLAポンプカテーテル(医療材料)の購入。倫理委員会審査、トレーニングプログラムの受講など数多くの手順を踏んで約半年の期間を経て実施可能となりました。この間、当センターの様々な職種の多くの医療従事者がトレーニングに熱心に参加してくれました。2022年1月に第1例目を実施しました。急性心筋梗塞に伴う心室中隔穿孔の重症心不全患者に用いました。以後、約半年あまりで8人の重症心不全患者に用いました。詳細は表1に示します。IABPやE C M Oだけでは救命できない重症例ばかりですので、救命率50%とまだまだ高くはありませんが、IMPELLA離脱率は75%とまずまずでした。重症心不全患者の更なる救命、治療成績の改善に今後も取り組んでまいります。
当心臓血管センターは循環器疾患の最新の先進医療を提供できる施設を目指しています。経皮的僧帽弁形成術(Mitral clip)や経皮的左心耳閉鎖術(Watchman)など比較的早期に実施できる治療は取り入れていくつもりです。しかしながら重要なことはその適応と安全性ですので、適応患者さんへは正しい情報提供と啓蒙活動を行なって参ります。心臓移植施設は近畿圏内に1、2施設あれば十分であり今後も当センターで行なっていくことはないでしょうが、国立循環器病研究センターと連携して人工心臓(L V A D)患者の管理は実施しており、奈良県在住のL V A D患者さんには貢献していきたいと考えております。
昨年度以上に新型コロナ感染に振り回された1年でした。コロナ感染の大きな波が来るたびに手術やカテーテル治療は制限され、実施件数が低下する波を繰り返しました。待機手術については手術延期のために生命に直結する事態は生じませんでしたが、急性大動脈解離、大動脈瘤破裂や急性冠症候群は緊急手術を要する疾患であり、断ることによって手遅れや重症化したケースが今年も生じました。そのような不幸なことが起こらないように救急医療体制、医療機関の役割分担の確立が重要です。
2018年12月に成立した循環器病対策基本法は1)3年以上の健康寿命の延伸、2)循環器病の年齢調整死亡率の減少を目標とした法律で、2021年3月に「脳卒中と循環器病克服第二次 5 ヵ年計画」が発表されました。戦略事業の1つとして医療体制の充実を謳っています。様々な医療機関が同じような体制を組むのではなく、役割分担、機能分担して連携することが重要です。当センターは包括的循環器病センターの役割を担うべきだと考えていますが、多くの医療機関との連携やバックアップがあってはじめて成り立つことです。北和医療圏の開業医の先生や病院の先生と医療体制の充実を今後とも図って参ります。
文責 山中 一朗
2021年
心臓血管センターの3年目
2021年3月に念願であったカテーテル弁置換術(TAVI or TAVR)が当センターで始まりました。奈良県では、天理よろづ相談所病院、奈良県立医科大学病院に次いで3施設目となります。T A V Iの施設認定の条件は厳しくて、循環器内科、心臓血管外科のいくつもの業績や研修施設認定が必要です。このため、心臓血管センター発足後3年での認定は最短であると自負しています。当センターは人口が集中する北和医療圏の中心にあることから、T A V Iの需要が見込まれると考えており、安全な実施に向けて最善を尽くすつもりです。また、大動脈弁狭窄症に限らず、今後は循環器疾患の全ての分野で最新の医療を提供できる部門を目指して参ります。
2021年7月にはIMPELLA補助循環用ポンプカテーテル実施施設認定を受けました。重症心不全に対しては、ECMO, IABPなどの循環補助装置を今までも駆使してまいりましたが、IMPELLAの導入によって治療の幅は更に広がります。ショック時はまず、ECMOが装着されますが、ECMOにIMPELLAを追加するECPELLAと言いう使用方法もありますし、心臓移植や植え込み型人工心臓を装着するまでの繋ぎとして、長期にわたって使用することも可能です。鎖骨下動脈からカテーテルを挿入して使用する場合は、歩行練習などのリハビリも可能です。急性心筋梗塞や激症型心筋炎の患者にIMPELLAが使われることが多いでしょうが、心室中隔穿孔の術前の長期管理にも応用されています。重症循環器疾患患者の救命の上で大いに期待をしています。
この1年を振り返りますと、心臓血管センターも他部門と同様で、新型コロナ感染に振り回された1年でした。奈良県のコロナ診療拠点病院として、コロナ患者の治療を最優先することは当然ですが、その裏で急がない手術や治療は後回しになりました。また、コロナ重症患者が増加し、I C U、H C Uへの収容患者が増えますと、一般患者のI C Uへの入室が制限されました。このため、予定した開心術も多数延期になりました。緊急手術も断るしかない事態が生じ、結果として緊急手術は激減しました。循環器疾患患者に限りませんが、手遅れや重症化したケースが生じたのも事実であり、コロナ禍が一般診療に大きく影響した1年でありました。しかしながら、2020年度の心臓血管外科の実績を2018年度、2019年度と比較しますとゆっくりではありますが、手術件数(kコード数)、手術診療報酬額、総収入、入院単価いずれも伸びてきています。2021年度も引き続きコロナウイルスとの戦いが続きますので、大きな前進は望めませんが、県民のみなさんに信頼される医療を提供できるように努めていく所存です。
コロナ禍であまり注目されていませんが、2021年3月に「脳卒中と循環器病克服第二次 5 ヵ年計画」が発表されました。これは2018年12月に成立した循環器病対策基本法に基づくもので、1)3年以上の健康寿命の延伸、2)循環器病の年齢調整死亡率の減少を目標とした法律です。北和医療圏中核病院の心臓血管センターとして、今後はこの目標に向かって地域医療を実践していく予定です。
文責 山中 一朗
2020年
心臓血管センターの2年目
心臓血管センターは、心臓と血管疾患に対する診療を統括した部門として2018年4月に発足しましたので、新病院移転と同様に2年目の年になります。2019年4月に循環器内科部長として川田啓之先生が新たに赴任しました。仁科心臓血管外科部長との両輪が牽引して、一歩前進した1年であったと思います。まずは、チーム医療の確立を目指しました。心臓血管外科は2018年から術前カンファレンス、ステントグラフトカンファレンスを行っており、医師とメデイカルスタッフの意思疎通をはかり、チーム医療は軌道に乗りつつありましたが、循環器内科も全員による病棟カンファレンス、心カテーテルカンファレンス、心エコーカンファレンスが始まりました。また、循環器内科と心臓血管外科の合同カンファレンスは、木曜日の朝にハートチームカンファレンスとして新たに生まれ変わりました。今は患者検討や治療報告の場でありますが、将来はカテーテル弁置換術(TAVI)の手術適応、治療方針を決定するカンファレンスも兼ねて行くことになります。また、2018年10月に発足した不整脈診療もこの1年で軌道にのり、地域の要望に応えらえるレベルになってきました。しかしながら、2019年5月に心臓血管センターの病棟(4階西病棟)で、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)感染が発生し、瞬く間に院内感染へと発展しました。これによってVRE感染患者の隔離、治療に4階西病棟が全力で取り組むことになり、約1ヶ月あまり循環器診療は止まりました。順調にきていただけにショックは大きいでしたが、病棟の環境整備を一から見直し、スタンダードプレコーションを徹底することで感染拡大を食い止めることができました。これは病院全体の問題として全職員が積極に取り組んだことやICTや感染症内科の強力な支援の賜物であり深く感謝しています。 また、この時の経験が今日の新型コロナ感染対策にも生かされていますし、一度立ち止まって我々の診療のあり方を考える良い機会にもなりました。特に限られた病床数でどのようにして多くの患者を治療するかという課題を突きつけられました。結局のところ、早く退院、転院する以外には方法がありません。地域連携室、リハビリのスタッフも加わり、毎週金曜日に退院調整を目的とした運営会議が行われました。この積極的な退院調整の取り組みと同時に2019年4月に提携していた西の京病院との病病連携が功を奏しました。VREで使用できる病床が減少して困っていたところを西の京病院が手をさしのべてくれた結果、 術後10日から2週間前後でスムースに転院できるようになりました。通常は患者の状態が安定した上に、先方の病院に家族が出向き、面接を経て転院が決まるためもっと時間を要しますが、効率よく転院できたのは、1)入院する前から術後に転院する可能性があることを十分に説明し納得してもらう。2)西の京病院の担当内科医と当センター心臓血管外科部長が相互訪問し診察した上で、患者・家族面談をその場で行い、転院が決定できるからです。高齢、独居者の心臓血管外科患者の多くは、西の京病院転院後およそ2週間で退院して元の生活に戻っています。退院後は、当センター外来にてフォローし、問題なければかかりつけ医に紹介するという流れになります。西の京病院との特別な連携はあらゆる手術に及び、心臓血管外科の入院期間は平均20日から13日へと著しく短縮しました。心臓血管外科が先行してこのシステムを利用してきましたが、現在は循環器内科の慢性心不全患者にも適応していっております。西の京病院モデルを他の連携病院にそのまま適応することは難しいもののもっと迅速で効率よくできる方法がないかと模索中です。
初年度は北和地域から患者さんがきてくれるか心配していましたが、この1年で地域連携はかなり強固なものとなり、手術件数は増加の一途とたどっています。今後も地域のニーズに応えられる信頼される心臓血管センターを目指して参ります。そのためには、日本のトップレベルの高度専門医療を安定して提供することが不可欠です。2019年10月から僧帽弁のMICS(低侵襲心臓手術)を開始し、2020年3月には大動脈弁のMICS手術もはじめました。また、心臓血管外科が日本心臓血管外科専門医機構認定基幹修練施設の認定を受けましたので、カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)の申請条件を満たすことになりました。2020年中のTAVI開始を目指します。心臓血管センターの治療件数の増加は我々の大きな目標でありますが、それに伴うスッタフの負担過多から疲弊しては意味がありません。また、心臓血管外科も循環器内科共にハードワークとおもわれており、志望する医師が減る傾向にあります。業務の増加に対しては、まずは医師の増員にて対応していますが、奈良県総合医療センターは働き方改革にも積極的に取り組んでおり、心臓血管センターとしても業務改善、効率化に取り組む所存です。
文責 山中 一朗
2019年度
開心術を開始した1年目
心臓血管センターは、心臓と血管の疾患に対する診療において、循環器内科と心臓血管外科、医師と他職種といった旧来の壁を排除し、Patient Centeredの真のチーム医療を徹底するために平成30年4月1日に設置されました。チーム医療で高度な循環器診療を実践していく上で、まずは心臓大血管手術を軌道に載せることが第一の課題でしたので、この点を中心にこの1年の臨床実績を報告し今後の展望を述べます。
心臓大血管手術は、整った環境・施設、高価な手術器具や人工心肺装置、そして、心臓血管外科手術を取り巻く多くのスタッフのトレーニングとチームワークを必要とする為に一朝一夕にはできません。心臓血管外科開設は、県立奈良病院が奈良県総合医療センターになり、上田総長就任(現理事長)した時に発案されたと聞き及んでいます。開心術の第一例目までには実に4年余りの歳月を要しています。しかし更に大事なことは、心臓大血管手術の適応患者を我々のところに紹介していただけるかと言うことでした。幸いなことに、この1年間で235人の心臓血管手術をすることができ、開心術も100人と予想以上の手術件数をこなすことができました。また、断らない医療を実践するために早期に緊急手術を開始するつもりでしたが、緊急開心術に対応するためのシステムづくりにも時間を要しました。しかしながら、2018年後半からは心臓大血管の緊急手術も周知され、緊急手術件数も徐々に増加して、緊急手術・準緊急手術は、開心術全体の4分の1を占めるまでになりました。手術術式の内訳としては、冠動脈疾患、弁疾患、大血管疾患の三大手術が満遍なくあり、様々な手術に対応できることが確認できました。手術患者の年代は70歳代を中心とした高齢者が多いでした。今後はますます高齢者手術が増加すると思われます。開心術を行った患者さんの所在地の分布を見てみますと、奈良市を中心に、大和郡山市、生駒市からの患者さんが大半でした。北和地域の基幹病院としての役割を果たしていると言う意味では嬉しい結果でした。以上のように、開心術初年としては、順調な1年であったように思います。この要因は、1)新センター移転で注目が集まっていたこと、2)院内の多くのスタッフが立ち上げに協力してくれたこと、3)地域の病院、診療所、開業医の先生方が我々を信頼してくれた結果であると考えています。
新センターに移転して、病床数は増加して450床で運用されていますが、それでも入院するベッドがない日が続いています。このため、より多くの患者を治療していく上で、入院日数の短縮は重要な問題です。まず、予定手術は特別な理由がない限り前日午後入院にしました。結果として、日曜日などの休日入院が増加しましたが、一般病棟が快く対応してくれました。また、病病連携を強化して、2週間以上の入院を要する場合は提携している西の京病院へ転院してリハビリを続けてもらうことにしました。転院に必要であった手続きの簡略化に成功して、 即断即決で転院できるようになりました。これは1)入院する前に患者さんやそのご家族に病病連携による転院について説明し理解してもらっていること。2)両病院の地域連携室が密に連絡を取り合っていること。3)更に、西の京病院の担当内科医と当センター心臓血管外科部長が相互訪問、診察して毎週転院調整していることが要因であると考えます。今後手術件数の増加に伴って西の京病院だけでは対応できない状況が出てくるかもしれませんので、地域ごとに病病連携を強化していく必要があると考えます。
北和地域の基幹病院として、この地域の医療機関とより綿密に連携を図っていくことが重要であることは言うまでもありませんが、更に、奈良県全体、隣接する府県までその輪を広げていければと考えています。第2期中期目標にそって、心臓血管センターもさらに高度専門的医療の提供を実行していく予定で、MICS(低侵襲心臓手術)などの準備も整えているところですが、特に、心臓血管センターのチーム医療を最も発揮できるのは、カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)ではないかと考えています。循環器内科医と心臓血管外科医が協力しあって行う治療ですので、早急に施設認定をとって当センターでも実践していきたいと思っています。2019年は働き方改革元年とも言われており、心臓血管センターも一部のスッタフに荷重な負担がかからないような配慮とチーム医療の実践がますます大事になってきます。また、当センターでしかできない先進医療を実行するためには他の医療機関の協力が不可欠です。そのための更なる工夫を考えてまいりたいと思います。
文責 山中 一朗